AIが浸透したから間違う人間 藤井聡太竜王が考える「重要なこと」


AIの手順暗記について語る藤井聡太竜王

メディア空間考 高津祐典

 「AIが浸透したから人間が間違う」ということが、囲碁や将棋にはあるという。将棋の渡辺明名人と囲碁の芝野虎丸名人の対談に同席したとき、2人の名人が語ってくれた。

 AI以前は、ある局面について自分がどう判断するのか、読みを深めていく「加算式」だけの思考だった。でもAIが登場して、「逆算式」の思考が生まれた。AIが示していた手順を「思い出す」ために考慮する時間が増えたというのだ。

 渡辺名人はAIを使った研究について「同じ変化を暗記して、記憶の上塗りのために何回もやる」と言った。芝野名人は「あの手のAI評価値が50%だったら、この手はどうかな」と考えることがあるという。

 そして逆算した結果、判断を誤ることもある。AIが有利という局面までの手順を思い出して指し手を選んだら、うろ覚えだったので間違った手を指してしまうというような。

 「逆算した結果、違っていた時の空しさはありますよね。AIで知らなかったら俺、こんな手は指さないよ、みたいな」

 渡辺名人ならではの率直な語り口が、忘れられずにいた。ではAI研究を深めている藤井聡太竜王が「暗記」をどう思っているのか、聞いてみたかった。

 藤井竜王に取材する機会が、2月の朝日杯将棋オープン戦を制したあとにあった。

 AIの手を学んで指す現代将棋では、AIの手を覚える、あるいは思い出すという思考が発生すると思うが、どう向き合っているのでしょうか。藤井竜王はこう答えた。

 「最近、相居飛車(飛車をお互い定位置のまま戦うこと)の定跡が(AIの手順研究によって)複雑になっているところがあって……。手順を単純に覚えるだけでは定跡を外れた後に対応できなくなってしまうことがあるので、手順そのものと言うよりは、局面ごとの形の認識を何とか深めて、全く同じ局面ではなくてもその考えを使えるようにというか……。そうですね、手順そのものと言うより、認識を深めていくことが重要なのかなと考えています」

 言い方は違うけれど、名人も竜王も実戦でAI研究から外れて、自力で考えないといけない局面をどう判断するかの話をしている。藤井竜王が似た局面を思い出すとは言わずに「認識を深める」という表現を選んでいるのが印象深かった。藤井竜王にとってはAIと対話しながら、将棋の真理を探究していくような感覚なのだろう。

 対話型AI「Chat(チャット)GPT」の話題がつきないが、藤井竜王の表現を援用すると、AIと対話するときの心構えが違ってくるような気がする。

 AIが発達すればするほど、人間はついAIの「最善手」に目がいってしまう。囲碁将棋の観戦をしていても、「最善手」から外れると、とたんに「失着」「間違えた」というコメントがあふれる。

 ただ、すでにAIと数年前から共存している囲碁将棋界では、棋士はAIの最善手ばかりを追ってはいない。次善手をあえて研究することで、自分が打ちやすい、指しやすい局面に誘導することもある。

 将棋の阿久津主税八段は、ユーチューブの囲碁将棋TVで対局を解説したとき「評価値を見られると楽ですけど、自分で考えなくなる。漢字が書けなくなるのと同じなんですよね」と言った。

 渡辺名人も「中盤や終盤の計算をやりたければ、やっぱり人と指すのが手っ取り早い」と話していた。

 どんなにAIが発達しても、自分の頭脳で考えていく訓練は欠かせないのだろう。AIに答えだけを求めるのではなく、人間の思考を深めるために使うという発想だ。AIの答えをうのみにして暗記するだけでは、人間は成長できない。

 結局、努力と根気と工夫が必要なのだ。この世界の主人公が人間である限り。