藤井聡太王将(五冠)に羽生善治九段が挑戦する王将戦7番勝負が今月8、9日に開幕します。

き天才とレジェンドによる「夢の対戦」が実現—。将棋の藤井聡太王将(20)=竜王、王位、叡王、棋聖=に羽生善治九段(52)が挑む第72期王将戦7番勝負が8、9日、静岡県掛川市で開幕する。将棋界の枠を超えて活躍する両雄がタイトル戦で相まみえるのは初めて。羽生九段の長年のライバル、森内俊之九段(52)は「歴史的にも貴重な一戦になる」と期待を寄せる。羽生九段の復調の理由、藤井五冠の現在地、シリーズの見どころなどを尋ねた。(樋口薫)

—羽生九段の2021年度の成績はプロ入り後初の負け越しだったが、本年度は好調に転じた。復調の理由をどう分析するか

 「若いときは体力もありますし、比較的安定した指し回しができる。しかし年齢を重ねると、体調面や精神面が安定しづらくなり、いいときと悪いときの差が出てくる。前期はその悪いところが出てしまったのかも。もともとこれだけの実績がある方なので、コンディション面のバランスが整えば、しっかりした将棋で勝っていける」

将棋の第48期棋王戦コナミグループ杯敗者復活戦決勝で、藤井聡太五冠に敗れた羽生善治九段=昨年12月8日、東京都渋谷区の将棋会館で

将棋の第48期棋王戦コナミグループ杯敗者復活戦決勝で、藤井聡太五冠に敗れた羽生善治九段=昨年12月8日、東京都渋谷区の将棋会館で

 —将棋の内容に変化は感じるか

 「ソフトでの研究が盛んになる中、羽生さんはここしばらく独自の形で戦うことが多かった。『一手損角換わり』とか『横歩取り』とか、あまり主流ではない戦法。しかし最近はあえて最新型に飛び込んでいくことが増えた。若手の研究に真っ向からぶつかり、その中で活路を見いだしている」

 —人工知能(AI)を用いた研究を強化したのか

 「それは感じますね。やはりソフト研究に力を入れているのかなと。最前線の形と自分の経験が生きる形、うまくミックスさせてバランスを取っている印象。藤井さんや永瀬(拓矢)さんといったタイトルホルダーとの対戦でも、真っ向から戦っている。やはり相手の土俵で戦うのは、かなり準備も必要だし、気持ちが乗っていないとできない。前向きでチャレンジングな姿勢と感じます」

 —羽生九段は王将リーグを全勝で抜けた

 「最後まで挑戦が決まらず、緊張感のある状態で激戦が続いた。危ない場面もあったが、ぎりぎりのところで競り勝っていた。勝負強さは健在だと思いました」

 —長く大舞台で戦ってきて、羽生九段の強みをどうみているか

 「考え方が柔軟で、センスの良さを感じる場面が多かった。特に残り時間が少ない局面で、こちらの思い付かないような効果的な手を指される印象があります」

 —続いて藤井五冠のこの1年の戦いぶりをどうみるか

 「もともと素晴らしい強さでしたが、さらに精度が上がっている。今までにない異次元の勝ちっぷりを続けていて、ちょっと過去の常識では計れないところがある。定跡の研究が進み、どんどん個性が出しづらくなる状況の中で、常に未知への挑戦を続けている感じがします」

同戦決勝で、羽生善治九段を破った藤井聡太五冠=昨年12月8日、東京都渋谷区の将棋会館で

同戦決勝で、羽生善治九段を破った藤井聡太五冠=昨年12月8日、東京都渋谷区の将棋会館で

 —藤井五冠の最大の強みをどう感じるか

「やはりまず終盤力ではないでしょうか。これだけ正確に、早く計算できる棋士はこれまでいなかった。もちろん序盤の知識も増えていて、中盤のセンスも素晴らしい」

 —羽生九段との共通点は

 「共通点は多いですね。チャレンジ精神、好奇心の強さ、謙虚さ。あとは注目されても動じないメンタルの強さも。将棋では、終盤が得意というのが共通点。どちらも本筋の将棋なので、盤を挟んで共通の認識を感じることが多いはず」

 —では相違点は

 「さっき言った通り、羽生さんは中距離走者タイプで、中くらいの持ち時間を得意にしている。藤井さんは読みを深められるので、長い持ち時間で特に安定する長距離走者タイプ。あとは藤井さんの方が、盤上の正解を追求していく気持ちが強いと思う。分からない盤面ではとことん考えて最善手を探す。もちろん羽生さんも昔からそういう姿勢だったが、今は正解だけにこだわっていない印象。自分の指したい手を思い切って採用している。それがいい方に出るかどうかが、番勝負の鍵になるのでは」

 —シリーズの見どころを

 「これまで藤井さんは、自分より少し上の世代と戦うことが多かった。やり方が似ており、想定しやすいところはあったと思う。今回、30歳以上離れた羽生さんがどのような出方をしてくるか、分かりにくいところがあるのでは。羽生さんは経験を生かして戦うことになるでしょう。いくら藤井さんでも、常に完璧な手は指せない。百戦錬磨の羽生さんが勝負どころをかぎ分け、混沌(こんとん)とした局面に持ち込めるかがポイントになる」

 —戦型の予想は

 「作戦選択の主導権は羽生さんにあると思う。最先端の『角換わり』は外せないところ。あとは羽生さんが先手なら『相掛かり』や『矢倉』という選択もあるし『横歩取り』も見られるかどうか。羽生さんの多彩な戦法に藤井さんがどう対応するのか、注目です」

 —どんな展開になる

 「藤井さんが有利という声も聞くが、羽生さんも入念な準備をして歴史的な対決に臨むはず。どう転ぶか分からない、好勝負が期待できると思う。時代のチャンピオン同士にしか分からない世界もあるはず。将棋界の歴史的に見ても貴重な一戦になるでしょう」

【関連記事】タイトル挑戦失敗も失冠もなし 早くも10期に到達した藤井聡太王位の無双ぶりを支える「立て直す力」とは