永瀬王座vs.木村九段 将棋王座戦五番勝負 1日開幕

永瀬拓矢王座(28)に木村一基九段(48)が挑む第69期将棋王座戦(日本経済新聞社主催、東海東京証券特別協賛)五番勝負が9月1日に開幕する。現将棋界「4強」の一角が3連覇を果たすか、最年長初タイトル記録を持つ「中年の星」が4強に割って入るか。棋界の勢力図を変えるかもしれない注目のシリーズだ。

永瀬拓矢王座 より高いレベルへ

――前期、王座を防衛して以降の自身の1年をどう評価されていますか。

ながせ・たくや 92年生まれ。横浜市出身。安恵照剛八段門下。09年四段。19年叡王戦で初タイトル、同年王座を獲得。20年王座防衛、タイトル3期により九段昇段。

「王座防衛直後に、王将戦で挑戦できたのはとてもよかった。ただ2日制は初めてで、相手の渡辺明王将は百戦錬磨。厳しい戦い(奪取ならず)でしたがいい経験になりました。順位戦はかなり苦労したが、結果(A級昇級)を出せたのはよかった。(惜しくも挑戦に届かなかった)棋聖・王位戦ではなんとか結果を残したかった。意識してなかったんですが、藤井さん(聡太二冠)との番勝負を実現したいという気持ちがあって、力んだ部分はあったのかな」

「(コロナ禍もあったが)勉強は変わらずやってきました。現在の状態は、よくはないと感じています」

――挑戦者・木村九段の印象は。

「居飛車党本格派の受け将棋で、長い期間、結果を出し続けている。地力が高く、ギリギリの攻めをかわすのが得意な印象です」

――永瀬王座も「負けない将棋」といわれ、受け将棋とみられた時期がありました。

「藤井二冠がどちらも強いように、受け・攻めはどちらも技術で戦術です。高いレベルの将棋を指したいと思っていますが、今は受け・攻めのどちらかにこだわる必要はないと考えています」

――シリーズの不安材料は。

「おそらく過密日程が続きます。王座戦五番勝負に竜王戦の挑戦者決定三番勝負、JT杯に順位戦。最近なかったので、(コロナ禍の影響で過密日程となった)去年を思い出しながらできたらいい」

――五番勝負の抱負は。

「木村九段とは初めての番勝負。子供の頃から勉強させていただいている棋士で、偉大な方と大舞台で指させていただけるのは光栄です。自分なりに精いっぱい準備をして、いい将棋を指したと思ってもらえるよう頑張ります」

木村一基九段 奪取へまず1勝を

きむら・かずき 73年生まれ。千葉県四街道市出身。佐瀬勇次名誉九段門下。97年四段。19年王位戦で史上最年長で初タイトル獲得。王座戦は13年ぶり2度目の挑戦。

――本戦を振り返って。

「そもそも、王座戦はチェスクロック使用になってから2次予選でも勝った記憶がなかったので、(前王位としての)本戦シードはありがたかった。久しぶりの本戦、周りが後輩ばかりで戸惑いはありました。どの将棋も内容はよかったですが、印象に残っているのは初戦の澤田真吾七段戦。勝ったことがなかったので。これでまずまずの調子なのかなと自信がつきました」

――AI(人工知能)による研究を増やしているとか。

「今年のはじめ、野月浩貴八段や佐々木勇気七段にアドバイスをもらって新しくパソコンを買いました。野月さんには使い方も教えてもらって感謝しています。ずっとパソコンを見ている勉強ですが、『へえ』という瞬間がある。ただ、一番やってる人には追いついてない。まだまだやらねば。パソコンは結構な値段でしたが、挑戦権をとったし元はとったかな。羽織も2つばかり新調しました」

――永瀬王座の印象は。

「(対戦成績は五分だが)去年2局負かされて、どんな人かは存じております。トップの中でも個性的で、崩れない指し方。AIも使うがたたき上げ、体で覚えた将棋。藤井さんとまた違う怖さを感じます。よくなってから焦らないが、序盤は強い主張を求めている。そこは張り合っていけるように、欲をいえば新しい手を出せるようにしたい」

――不安材料は。

「1日制のタイトル戦が久しぶりなのは気にしています。2009年の棋聖挑戦以来12年ぶりですから」

――五番勝負の抱負は

「精いっぱい頑張ることしかないです。勝ち負けは分からないですが、勝ちたいと思ってやります。1回勝つと勝ちパターンがつかめるということもある。とりあえず1局。五番勝負はのんびり構えているとすぐ終わっちゃう。準備をしっかりして臨みたい」

佐藤会長、35年ぶりの快挙ならず

前期挑戦者の久保利明九段や藤井聡太二冠ら挑戦者決定トーナメント(本戦)のシード者が次々消える波乱の展開となった。その中で注目を集めたのが、日本将棋連盟会長を務める佐藤康光九段。本戦出場16人の中で最年長の51歳が、激務をこなしながら快進撃を見せる。1986年に名人戦で挑戦した故・大山康晴十五世名人以来、35年ぶりの現役会長のタイトル挑戦まであと一歩と迫ったが、挑戦者決定戦で敗れ快挙はならなかった。

挑戦者決定戦で木村一基九段(右)に敗れた佐藤康光九段(7月19日、東京都渋谷区)

中堅・若手実力者の活躍も目立った。40代の飯島栄治八段は久保九段を破るなどの活躍で王座戦初のベスト4進出。石井健太郎六段も初の本戦ながら、渡辺明三冠を破る金星を挙げ準決勝まで進んだ。「棋士全体のレベルが高くなり拮抗している」(永瀬拓矢王座)ことを知らしめるトーナメントとなった。

展望を聞く 永瀬、踏み込みの鋭さ増す 木村、ベテランの気迫示す

五番勝負の展望を、行方尚史九段(47)と高見泰地七段(28)に聞いた。

――木村が挑戦者に名乗りを上げました。

行方尚史九段

行方 AI(人工知能)の進化で経験値を生かしにくくなった中堅、ベテラン勢が苦戦する中、一人気を吐いているのが木村。ぎりぎりのシノギを目指す受けの強さが、薄い玉でバランスを保つAI流とマッチしているのかも。

高見 特に印象に残っているのは準決勝。渡辺三冠を破って勢いに乗る石井六段を相手に、やわらかい受けから鋭い攻めへの転換が鮮やかで、内容的に圧倒していた。今年度に入ってから先手番での勝率の高さにも注目している。

――最近の永瀬の調子をどう見ますか。

行方 タイトル戦の常連になっても「将棋の虫」という印象は変わらず、なりふり構わず勝負にこだわる姿勢と相まって「負けない将棋」の持ち味を存分に発揮している。豊富な研究をもとに自分のペースに持ち込むのがうまく、藤井二冠の影響だろうが、踏み込みの鋭さが目立つ。

高見 永瀬は序盤の研究で勝っていると思われがちだが、混戦の中で最善手を見つけだし一歩抜き出せるのが強みだと思う。もともと大崩れしにくいが、さらに磨きがかかって安定感が増してきた。

――戦型予想は。

行方 木村先手なら十八番の相掛かりが濃厚だろう。十分に研究されていない戦型で、形にとらわれない力強さが生きるとみているのだろう。一方の永瀬は戦型をうまく散らして相手に的を絞らせない。予想しづらいが、竜王戦挑戦者決定戦で試みたように、裏芸でもある振り飛車の登板を見たい気もする。

高見泰地七段

高見 確かに飛車を振ればファンは盛り上がるが、永瀬にとっては綿密な研究をしている居飛車が主戦法。角換わりや相掛かりになるのでは。

――どんな将棋になりそうですか。

行方 現代的な器用な戦い方をする永瀬と、昔ながらの泥臭い戦い方をする木村の違いはあるが、互いに力強い受けは共通している。

高見 同じ受け将棋といっても、木村の場合は相手の攻め駒を狙っていくのに対し、永瀬は相手の攻めを丁寧に受けて切らすのが得意。少し違いはあるが、いずれにしろ受けだけでは勝てない。どのタイミングで反撃に転ずるか、我慢比べになるかも。

――両者の対戦成績は3勝3敗。千日手が2回、指し直し局も1勝1敗と五分です。

行方 くんずほぐれつの肉弾戦の揚げ句、千日手指し直しは十分ありうる。千日手は永瀬の代名詞だが、木村も日ごろのランニングで鍛えた体力で長期戦をいとわない。五番勝負でも一度は千日手になる可能性は高く、観戦する側も覚悟が必要だろう。

――勝敗予想は。

行方 もつれるのは間違いない。同年代として驚かされるのが木村の不屈の精神力。ようやく手にした王位を昨年失いショックは大きかったはずだが、すぐ立ち直って王座挑戦権を得た。五番勝負もタフな戦いを気迫で制し、3勝2敗で奪取とみている。

高見 時間の使い方が一つのポイントになる。チェスクロック式では刻一刻と時間が減る。終盤にどれだけ時間を残すか、逆にどちらが先に秒読みになるか。木村も時間管理はしっかりしているが、連覇中の永瀬の方が慣れているのは間違いない。トーナメントを制した挑戦者の勢いを考えると簡単に終わるとは思えず、フルセットでの防衛を予想している。=文中敬称略

第1局解説者の藤森哲也五段(左)と香川愛生女流四段

動画配信サービス「Paravi(パラビ)」(https://www.paravi.jp/title/76546)は第69期将棋王座戦五番勝負のクライマックス解説(午後5時スタート)をライブ配信します。今回から、どちらが優勢かパーセントで分かる形勢判断表示を取り入れます。視聴者の方には永瀬王座や木村九段の色紙を抽選でプレゼントします。9月1日の第1局は藤森哲也五段と香川愛生女流四段が出演します。

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