元竜王・藤井猛九段、藤井聡太新竜王を語る「藤井さんに新戦法は要らない」

 将棋の藤井聡太三冠(19)=王位、叡王、棋聖=が豊島将之竜王(31)に挑戦した第34期竜王戦七番勝負第4局が13日、山口県宇部市で前日から指し継がれ、後手の藤井三冠が122手で勝ち、シリーズ4勝0敗で竜王のタイトルを奪取した。

史上6人目の四冠を達成し、1993年に羽生善治九段(51)が樹立した22歳9か月の記録を28年ぶりに塗り替える史上最年少四冠となった。  19歳四冠が生を受ける4年前、やはり藤井という名の青年が4勝0敗で竜王の頂へと駆け上がった。

藤井猛九段(51)は1998~2000年、自ら創案した革新戦法「藤井システム」を武器に竜王3連覇を成し遂げた。

平成中期の将棋界に革命をもたらした男は、最高位を継承者について語った。(聞き手・北野 新太)  ―若き「藤井さん」が4勝0敗で竜王になりました。23年前と同じですよね…。  「いやいやいや、スコアだけは同じですけど全然違いますよ(笑)。私は28歳でタイトル初挑戦でしたけど、藤井さんはもう既に防衛を重ねている。

羽生さんが初めて竜王になった時とも違います。過去のどれもが当てはまらない前例のない出来事で比較対象はないですよね。ただ、竜王戦というタイトル戦については、その年にいちばん強い人が竜王になる、ということは変わっていないような気もします。

30年以上前に始まった頃から」  ―1998年の七番勝負で谷川浩司竜王(当時)からストレート奪取した日の記憶は。  「3連勝していましたけど、4連勝しないと苦労するな…と思っていたので勝てた時は嬉しかったです。想定していない状況でした。あの日は…よく『夢の中にいるような感覚』って例えで言うじゃないですか。あれです。本当に…夢を見ているような気持ちだったことを覚えています。責任も生まれるし、これから大変だな、と思いましたけど、藤井さんはもう全て経験していることですからね」  ―今期の七番勝負全局を通した印象は。

 「こんなに豊島さんが苦戦するとは思わなかったです。でも、豊島さんの調子が悪いというよりは、難しい将棋を制している藤井さんが強すぎるのかもしれないですね。なかなか僅差で勝ち切るのは難しいな、という印象はあります」  ―羽生九段や渡辺名人らと戦ってきた棋士として、藤井新竜王の強さをどのように見ているのでしょう。  

「やはり、ひとつは序盤戦術ですよね。歴代の天才たちと比べても格段にうまい。羽生さんも渡辺さんも十代の頃は終盤力主体で勝ってましたけど、そこそこは負けていました。藤井さんはAIの影響もあって序盤を武器にして、なおかつ終盤力もあるわけですからスキがないんですよね。最初の頃は対振り飛車戦で苦戦すると思っていたんです。

相居飛車戦は終盤力で勝つことが多いですけど、対振り飛車では少し違うので。克服するための順序というものが本来はあるんですけど…十代でクリアしてしまっているのはちょっと…。もう少し苦労してほしかったなあ、と思うくらいです(笑)」  ―藤井新竜王の存在を知ったのはいつ頃なのでしょうか。  

「小学生で詰将棋選手権に優勝した奨励会二段くらいの頃だったと思います。周りからも強いですよ、とは聞いていました。三段リーグを1期抜けした頃、棋譜を見てみたら、まだまだ若いなりの将棋だな、と思ったくらいでそんなには気にならなかったんですけどね。今は…全く比べものにならないレベルです。インタビューや会見で藤井さんは『課題がある』『もっと上を』と話しますけど、こっちから見たら『これ以上どこを強くする必要があるの?』って思うくらいのレベルになっていると思います」

 ―将棋界がAI研究全盛の時代になってもなお、棋士が新しい何かを盤上に創造できるかどうかは大きなテーマです。藤井九段の「藤井システム」のようなオリジナルな技術革新を藤井新竜王が生み出す可能性はあるとお考えでしょうか。  「重要なのは動機があるかどうかなんです。私は新戦法を編み出したくて藤井システムを指したわけではないです。勝つために、必要性があって考えたので。

竜王になった時に『絶対的な強さは求めない』と話しているように、相手に勝つためにはどうすればいいのか、という思想で指してきたので、コンピュータ的な強さは求めないです。将棋星人が攻めてきたら対応できないのが私です。でも、藤井さんは誰かに勝つことが目的なのではなく、技術を極めたいと思っている。もっとレベルが高い。

だから、例えば藤井システムのような新しい戦法を指す自然な動機はどこにもないはずなんです。周りだって強いから、少しでもフォームを崩したら苦しくなる。緩めば足元をすくわれる可能性はあるんです。

むしろ先の先の先の話としては、藤井さんを負かさなくちゃいけない側が工夫する必要、新しい将棋を指す必要が出てくるかもしれない。棋士がみんな超一流のマネをして、超一流に勝てるかどうか。自分が否定していたものや自分が判断していたものを無視しちゃいけない、という面もあるような気がするんです。藤井さんの将棋を見て『じゃ、俺も』というのは少し違うのでは、と思ったりもします。私にも、藤井システムを指すなら私くらい研究しないと指しこなせないぞ、という思いがありましたから」  ―今後、藤井新竜王はどのくらいの領域に到達すると考えますか。  

「羽生さんに劣らず、普通に大棋士になり、普通に全冠制覇すると思います。そうしたら、将棋界にメジャーリーグはないのでどうするんだろうな、というのは気になりますけど」  ―実現していない「藤井対決」が待望されます。

 「私が相当勝たないと当たらないですけど、そんなに望んでないです。勝てる気がしないので。強い人と指したい、という棋士は多いですけど、私はあんまり指したくないので(笑)。今は全く考えていないですけど、対戦したら藤井システムを指そうと思います」  ―最後に、竜王3連覇の功績をどのように捉えているかを聞かせて下さい。

 「3連覇はしましたけど、2回は防衛戦なわけですから、奪取したのは1回です。獲った時は数年のうちに他のタイトルも獲れるのでは、と思っていましたけど、そんなにチャンスってないんです。タイミングと運気が噛み合わないとタイトルは獲れない。まさか生涯でタイトル奪取が1回で終わると当時は思っていなかったですけど、1度でもタイトルを獲れたこと、竜王を獲れたことで、もうどんなことがあっても悔いはないです。しみじみ思います。棋士になってよかったなあ、と」  

◆藤井システム(ふじいしすてむ)  藤井九段が1995年頃に創案し、98年頃に完成させた四間飛車戦法。竜王3連覇の原動力となった。振り飛車党の大敵「居飛車穴熊」に組まれる前に相手陣を急襲することを基本理念とする。居玉(王将が初形の状態)のまま指し進め、バランスを重視する哲学はAI研究の進んだ現代将棋にも通じる。2000年前後の将棋界で大流行したが、完璧に指しこなせるのは藤井九段のみと言われた。あまりの革新性を、羽生善治九段は「200年かかっても思いつかない」と表現した。  

◆藤井 猛(ふじい・たけし)1970年9月29日、群馬県沼田市生まれ。51歳。西村一義九段門下。91年、四段(棋士)昇段。98年から竜王3連覇。棋戦優勝8回。1998年頃に完成させた「藤井システム」は四間飛車戦法。振り飛車党の大敵「居飛車穴熊」に組まれる前に相手陣を急襲することを基本理念とする。居玉(王将が初形の状態)のまま指し進め、バランスを重視する哲学はAI研究の進んだ現代将棋にも通じる。現在は竜王戦2組、順位戦B級2組。