佐藤天彦九段ー山崎隆之八段戦。22日、勝者が藤井聡太棋聖への挑戦権を獲得します。なんというカードだ。
不思議な何かを天に与えられた少年だった。
特別な才能、だけではない。
佐藤天彦は将棋を美しいと思える感性を初めから持っていた。
1993年、福岡市。
23年後に名人となる5歳の保育園児は、通い始めた道場で幼心を震わせていた。
「本当に小さな教室のような場所でした。一対一で教えてくれるんですよ。席主さんは四間飛車党で、銀を上がってから飛車を振るのがとても奇麗だな……と思っていました。なぜ先に飛車ではなく銀なのかな、駒の配置がいいなあって」
道場にいる他の子供たちは単純にゲームとしての将棋に夢中だった。佐藤も同じように魅了されていたが、異なる部分も同時に見つめていた。
16日、第81期名人戦・順位戦B級1組1回戦を戦う両雄には、取材者の視点からの共通点がある。
「言語の棋士」であること。豊かな感性、鋭い感覚による2人の言葉は記事を書くための良い材料になるだけでなく、人としての学びを得たり、単純に心を動かされたりする何かでもある。
2018年2月、羽生が棋士としての死生観のようなものを披瀝(ひれき)してくれたことがある。