>「体が万全な状態という意味でも、最後の大舞台かもしれないと思って指します」 >「トップと戦えることが棋士である僕の幸せ。食らいつきたい」 戦いに込める思い
山崎隆之八段「最後の大舞台の思いで指す」 本紙に明かした左目緑内障…6日開幕棋聖戦で打倒・藤井へ
[ 2024年6月2日 05:00 ]
将棋の第95期棋聖戦が6日から千葉県木更津市で開幕するのを前に、藤井聡太棋聖(21)=王将含む8冠=に挑戦する山崎隆之八段(43)が本紙の取材に意気込みを語った。今年3月に利き目の左目が緑内障と診断されたことを明かし「体が万全な状態という意味でも、最後の大舞台かもしれないと思って指します」と決意を口にした。(小田切 葉月)
取材のため部屋を移動する際、何度か目薬をさした。「最初は“目がかすむなー”程度でしたが…水面下で進行。ショックでした」。2月に健康診断を受け、目の検査で異常があり病院へ。視力の悪化や目の酷使が原因だと思っていたが、思わぬ病を告げられた。
緑内障は正常な視野からどの程度、感度が低下しているかを表すMD値で進行度を示す。一般的にマイナス15デシベルから視野が欠け始めると言われる中、山崎はマイナス14デシベル。視野が欠ける一歩手前と診断された。手術をしても完治はないと言われ、現在は点眼薬で進行を遅らせている。「どう頑張っても数年後には視野の一部が欠けるし、どこがどう欠けるかも分からないのが怖い」。不安はある。それでも今は、藤井戦へ気持ちを向ける。「体が万全な状態という意味でも、最後の大舞台かもしれない。そう思って指します」と力を込めた。
タイトル挑戦は約15年ぶり。ブランクの長さは西村一義九段(82)の約18年に次ぐ歴代2位となる。前回は09年の王座戦で、羽生善治王座(当時、53)に3連敗した。「華やかな場に圧倒されているうちに終わってしまった」。今回こその思いは強い。
今期は、棋聖戦挑戦者決定戦を含め、開幕から7連勝と絶好調。復調のきっかけは、昨期に在籍する順位戦B級1組で降級の危機を迎え、勉強法を改めたことだった。「落ちるにしても実力を出し切って落ちたかった。なので実戦勘をより磨くために、若手と指しまくることにした。自分史上一番実戦を指しました」
藤本渚五段(18)ら新進気鋭の若手と一日の隙間を見つけては指し、実戦を重ねる。そのやり方がピタリとはまった。「強くなりたい、という向上心を浴びて、自分も引っ張り上げてもらった。そしたら読みの量や深さが増えてきた」。手応えをつかんだ。
そして迎える、絶対王者との戦い。「トップと戦えることが棋士である僕の幸せ。食らいつきたい」と燃えている。藤井といえば、AIによる形勢判断で右肩上がりで徐々に良くなる「藤井曲線」を描いて勝利することが多い。対する山崎は、一進一退の末に逆転するW字の「山崎曲線」が勝ちパターンだ。「この曲線が通用すれば、自分の励みになる。藤井さんも人間という部分を引き出せたら」。力強いまなざしで、真っすぐに前を見つめた。
◇山崎 隆之(やまさき・たかゆき)1981年(昭56)2月14日生まれ、広島市出身の43歳。森信雄七段門下。98年四段。00年新人王戦優勝。15年第1期叡王戦優勝。趣味は旅行。
≪鮮明に見えるかで読みの精度が変化≫棋士にとって目は大切だ。眼鏡をかける棋士も多く、佐藤康光九段(54)は過去のインタビューで「気合を入れて近い距離で盤面を見るため、目を酷使して神経が疲れてしまうのでしょう」と分析。局面がクリアに見えているかどうかでも読みの精度は変わり、対局用の眼鏡を作る棋士もいる。16年の棋聖戦では羽生が1勝2敗でカド番を迎えた際、度が合わなくなった眼鏡を調整して対局。第4、5局と連勝し、逆転で棋聖9連覇を達成していた。