
鼻呼吸は左右均等ではなく、常に一方がより多くの空気を通すようです。
イスラエルのワイツマン研究所の研究者たちにより『PLOS ONE』に掲載された論文によれば、人間の鼻呼吸では、一定の時間で気流の優勢な鼻孔が入れ替わるとのこと。
また優勢となった鼻孔は、呼吸量の75%を占めることも以前に示されています。
同様の優勢な鼻孔の「循環」は、マウスやラット、ウサギ、犬など他の哺乳類にも確認されており、進化的に保存された、かなり「由緒ある」仕組みであるようです。
なんとなく気付いていた人もいるであろう、この奇妙な仕組み(鼻サイクル)には、いったいどんな秘密が隠されているのでしょうか?
右利きの人は左の鼻孔でより多くの空気を通す

もし鼻づまりでないならば、少し鼻呼吸に注意を向けてみてください。
おそらく少なくない人が、左右の鼻孔を通る空気量に差を感じると思います。
この微妙な差については、瞑想家やヨガの実践者といった呼吸のスペシャリストでなくとも、薄々気付いていた人もいるかと思います。
しかし意外なことに、十分な科学的研究は行われていませんでした。
そこでイスラエルのワイツマン研究所の研究者たちは、鼻呼吸の不思議に挑むことにしました。
実験方法は極めてシンプル。
空気の流れを感知するセンサーを被験者たちの両方の鼻の孔に刺し込み、さまざまな条件で記録したのです。

結果、人間の鼻呼吸には常に「優勢な鼻孔」が存在しており、呼吸頻度の多い覚せい時には平均2時間ごとに、呼吸頻度の低い睡眠時は4時間半ごとに切り替わる「鼻サイクル」が存在することが判明します。
またMRIを用いて鼻の奥を断層撮影したところ、空気の出入りが少ない「劣勢な鼻孔」では内部の海綿体組織が充血・拡大して、空気通路を狭めている一方で「優勢な鼻孔」では逆に海綿体が縮小して、空気通路が広げられていると判明します。
つまり「優勢な鼻孔」と「劣勢な鼻孔」は、空気通路の幅を変化させることで、体が能動的に作り出していたのです。
この空気通路の操作はそれぞれの孔の流入量に決定的な違いとなり「優勢な鼻孔」は鼻呼吸全体の75%を一気に引き受けるメイン通りになる一方で「劣勢な鼻孔」は残りの25%を扱う、補助的な通路に変化します。

さらに鼻呼吸の切り替えはきっかり2時間なわけではなく多少誤差が生じますが、興味深いことに、その誤差において右利きの人だと、左の鼻孔が優勢である時間が有意に長いことも明らかになりました。
このような利き手とリンクした鼻孔の左右差は、鼻サイクルが利き手と同じく右脳・左脳といった脳の非対称性の影響下にあることを示します。
さらに覚せい時と睡眠時においてサイクルの長さが変動する事実は、鼻サイクルが自律神経(体の自動調節機能)によって決定されていることを示します。
問題は、その理由です。
人間を含む多くの哺乳動物にみられる鼻サイクルは、いったいなぜ存在するのでしょうか?
鼻サイクルがある理由

なぜ人間の鼻孔は交互に通りが良くなる鼻サイクルがあるのか?
最も有力な説は「湿度の維持」に役立つとするものです。
鼻の粘膜はその湿り気によって病原体などの異物を捕らえて殺す働きがあります。
しかし両方の鼻孔が常に等しい空気量を通している場合、両方同時に鼻の粘膜が乾燥してしまい、防御機能が左右同時にダウンして無防備な瞬間がうまれてしまいます。
一方で鼻サイクルがある場合、優勢な鼻孔は乾燥していきますが、劣勢の鼻孔はその間に湿り気を補充できるので、呼吸全体では、常にある程度の湿った粘膜を維持することが可能になります。
2つある鼻孔は鼻サイクルによって、互いのバックアップにまわっているとも言えるでしょう。
研究者たちは、個人の鼻サイクルが正しく循環しているかどうかを確かめることで、自律神経が正しく動いているかを確認する手段にもなりうると考えています。
もしかしたら未来の病院では健康検査に、鼻サイクルの項目が追加されているかもしれませんね。