「自民に都合のよい産業に」 パチンコ業界はなぜ政治力を欲するのか

毎日新聞2025/7/1 11:31(最終更新 7/1 11:31)有料記事2338文字

 パチンコ業界が、参院選に初めて独自候補を擁立する。

 選挙戦は7月3日に始まるが、業界は既にここ数カ月、議席獲得に向けた活動に血道を上げてきた。

 「命懸けで戦いに臨んでほしい。良いも悪いも思想信条も関係ない」

 6月、業界幹部を務めるパチンコ機器販売会社の社長は、パチンコ店の経営者らを前にそう言って拳を振り上げ、立候補予定者への支援を呼びかけた。

 いったい、なぜそこまで「政治の力」を求めるのか。

 そこには近年、業界を取り巻いてきた環境が大きく関係している。

 連載「パチンコ業界 最後の政戦」は全3回です。
 ㊤パチンコ業界、欲望むき出しに挑む夏の参院選 知られざる実態を追う
 ㊦は7月2日午前11時半にアップ予定です。

数々の不満「これってどうなの」

 右上に小さく「内部文章」と書かれたA4サイズ2ページの紙がある。陣営が集会の参加者に配るこの文書には、出馬の背景や業界の抱える課題が列挙されている。

 目を引くのが、強い不平だ。

 「私たちの努力が正当に評価されていない」

 「性風俗関連営業と一括(ひとくく)りに扱われ、パチンコ業界が不当な不利益を被っている」

 「世間からの誤解、偏見に基づいた報道がある」

 参院選に出馬するパチンコチェーン会社社長、阿部恭久氏(66)の演説は、これを下地にする。そして、業界から国会議員を出すことで現状を打破したいと訴える。

 不平の矛先はさまざまだ。世間、マスコミ、行政、そして政治家たち。

 パチンコ店(ホール)経営者や店長を集めた会合で、阿部氏はこんなエピソードを披露している。

 「2017年夏に警察庁から呼ばれ、『来年2月にこれで規則改正するから』と言われた。内容を検討する時間はなかったんです」

 言及したのは「遊技機規則」と呼ばれる、パチンコやパチスロ台の性能を決める国の規則だ。最近では18年に改正され、出玉やメダル獲得数の上限が従来の3分の2に制限されることになった。

 阿部氏はこれに反発心を抱く。

 「商売にならないし、ファンも…

パチンコ業界、欲望むき出しに挑む夏の参院選 知られざる実態を追う

春増翔太

毎日新聞2025/7/1 11:30(最終更新 7/1 11:30)2703文字

 

 パチンコ業界の、パチンコ業界による、パチンコ業界のための政治。

 そんな青写真を描く者たちが、7月の参院選に向けて事実上の選挙戦を繰り広げている。

 パチンコ業界は参院選比例代表に初めて、業界内から候補を擁立する。いわゆる「組織内候補」だ。

 そのことは一般にはほとんど知られていないが、押しも押されもせぬ自民党の公認を得ている。

 6月、業界関係者を集めた会合で、出馬を予定する人物は声を張った。

 「政治(の力)で規制緩和や税制優遇を引き出すことが、業界のために必要です」

 2025年の年明け以降、活動を活発化させているこの人が訴えているのは、ひたすらにパチンコ・パチスロ業界の利益だ。

 ただ、街頭に立つことも、交流サイト(SNS)で盛んにアピールすることもなく、その活動は一般有権者の目に触れないところで繰り広げられている。Advertisement

 知られざるその実情を追った。

 連載「パチンコ業界 最後の政戦」は全3回です。
 ㊥「自民に都合のよい産業に」 パチンコ業界はなぜ政治力を欲するのか
 ㊦は7月2日午前11時半にアップ予定です。

滞在1時間40分、次の会場へ

 スーツ姿の男女が続々と集まる中、その人物は集会が始まる20分前、会場入り口に横付けされた黒いトヨタ「アルファード」から姿を現した。

 阿部恭久氏(66)。

 関東1都3県でパチンコ店(ホール)13店を展開するアミューズメント企業の社長だ。

 ホールの全国団体で理事長を務めて12年目の「業界の顔」は7月、初めて参院選に出馬する。

 6月上旬の平日昼、山梨県昭和町で、その阿部氏を「励ます会」が開かれた。主催は地元の自民遊技産業支部。壇上には、地元選出の国会議員や県議とともに、阿部氏に同行した業界の全国団体幹部が並んだ。

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 彼らは次々とあいさつに立つと、集まった県内のホール経営者や店長ら200人以上に向けて気勢を上げた。

 「候補予定者の当選を心から願います」

 「参院選は7月20日です。親戚や知人に声がけを」

 後半で演台の前に立った阿部氏は、政府やマスコミへの不平を交え、「我々の業界には政治の力が必要だ」と訴えた。

 1時間を予定した会が10分遅れで終わると、出口で来場者1人ずつと握手を交わし、すぐにまた車に乗り込んだ。

全日本遊技産業政治連盟の集会で、拳を突き上げる業界幹部ら=東京都文京区で2025年5月7日、阿部やすひさ後援会のフェイスブックより

 見送った地元関係者の一人は言った。

 「すぐに埼玉に向かうそうだ。全国を飛び回っているんでしょう。山梨に来るのは、この一度だけだよ」

「興廃と存亡は、この一戦にあり」

 阿部氏の擁立は24年末、自民から公表された。以来、パチンコ業界は政治団体「全日本遊技産業政治連盟」を後援会に据え、参院選に向けた活動を続けている。

 「遊技産業の興廃と存亡は、この一戦にある」

 2月に東京・新橋のホテルであった連盟主催の集いでは、自民の国会議員30人以上を前に、連盟会長からそんなあいさつがあった。

 衰退が進む業界において、今回の参院選は「最初で最後の政戦」とさえ呼ばれる。

 活動の中心は、各地で重ねる集会の行脚だ。

各地の集会で配られているパチンコ業界の立候補予定者のチラシ類=春増翔太撮影

 業界セミナー、遊技産業勉強会、地元組合の総会……。名目の異なる集会に阿部氏や連盟幹部はひたすら足を運び、全国各地でマイクを握る。

 連盟や後援会の発信を調べたところ、3~6月に少なくとも39都道府県であった66回の集会に、阿部氏らは出席している。集会では参院選に話が及び、最後には出席者と共にシュプレヒコールを上げる。

斜陽化を打開するために

 今回、独自に国政選挙に乗り出した理由について、ある業界関係者は「業界側と自民側、二つの事情が重なった」と語る。

 パチンコ・パチスロは30年間落ち込み続けており、斜陽化が進んでいると言われる。

 「レジャー白書」や警察庁の統計によると、1990年代半ばをピークに、全国のホール数は今や3分の1の6700店。市場規模はここ20年で半分以下の15兆円。パチンコ参加者(愛好者)は94年の2930万人から、23年は660万人にまで減った。

 関西のホール経営者は「好転する材料がなく、危機感しかない」と明かす。

 政治の世界に乗り出したのは、そうした状況を打開するためだ。阿部氏は演説で、国会議員の力によって業界に有利な規制緩和や税制優遇を実現したいという思惑を隠さない。

 6月の集会で、選挙対策担当の幹部はこう叫んだ。

 「今回が我々の票のマックスです。3年後にもっと店舗数が減ったら、戦える状況でしょうか」

「集票能力が認められ」

 出馬環境は、こうした業界の事情に加え、自民の公認が得られたことで整った。

パチンコ業界の立候補予定者陣営が配っている内部資料。参院選前の投票呼びかけが「公選法違反」になると注意を促している=春増翔太撮影

 実は業界が選挙活動をするのは今回が3度目になる。19年、22年参院選でも自民から依頼を受け、パチンコとは無縁の候補を支援した。「それぞれ7万~9万票くらいを集めた」と陣営幹部はみる。

 2度とも候補者は落選した。ただ、過去の選挙に中枢で携わったある関係者は「自民から頑張りと一定の集票能力を認められた。それが今回、独自候補への公認につながった」と言う。

選対担当の幹部が取材に応じ……

 3月以降、陣営は集会を重ね、候補者の周知に熱を入れてきた。「何より、業界で働く人たちに名前を覚えてもらうことに尽きる」と関係者は口をそろえる。

 支援と併せて呼びかけてきたのが選挙違反への注意だ。

 後援会が各地の業界団体に配った資料には、参院選公示前の活動について「『選挙の特定』『候補者の特定』『投票依頼』この3点がそろうと公選法違反となります」とある。

 6月17日、政治連盟と後援会の両方で選対担当の副会長を担う大饗裕記(おおあえひろのり)氏(56)が30分間の対面取材に応じた。

 「実際に集会で『参院選の比例代表に阿部さんの名前を書いて』と、呼びかけてしまうことはないですか?」と尋ねると、大饗氏はこれを強く否定した。

 「そこまで言いません。十分、注意しています。(私がいた場では)ないです」

 だが、それは事実ではない。その2週間前、山梨であった集会ではこんな言葉が飛び交っていた。

 「全国比例ですから、阿部恭久と書かなきゃいけないんです。これでお願いしたい。それが選挙戦です」(自民の中谷真一衆院議員)

 「参院選、2枚目の投票用紙(比例代表)には阿部恭久さんの名前を書いていただく。これは皆さんにお願いしたい」(自民の臼井友基県議)

 隣で拍手を送った大饗氏自身も「参院選の比例で、家族や知人に頼んでいただきたい。政党名でなく、(「あべやすひさ」と)ひらがな6文字を書くように」と訴えた。

 それが、パチンコ業界がここ数カ月続けてきた活動の一端だ。

 業界を挙げて挑む参院選が、間もなく始まろうとしている。【春増翔太】