昨秋の政権発足から半年が経過し、高水準の内閣支持率をキープする岸田文雄政権。新型コロナウイルス対策の要となる3回目のワクチン接種体制が遅れ、年金受給者への「一律5000円給付案」を撤回するなど不安材料も少なくないが、今夏の参議院選挙での勝利を弾みに長期政権を築くことを視野に入れる。こうした中、岸田首相が新型コロナウイルスの感染法上の位置づけを見直す方向に入ったことがイトモス研究所の取材で分かった。慎重姿勢を崩してこなかった首相が、社会経済活動との両立を急ぐ理由とは――。(イトモス研究所所長 小倉健一) ● 岸田首相が方針転換 コロナを「2類相当→5類」指定へ いまだ世界中で猛威を振るう新型コロナウイルス。国内は1日当たりの新規陽性者数が10万人を超えていた危機的な状況から見れば減少傾向にあるものの、新年度を迎えた4月以降も5万人超の陽性者が確認されている。ピーク時には、入院や宿泊療養施設に入ることができず、自宅療養を余儀なくされた人は多かった。 次々に変異するウイルスとの戦いは長期化が予想され、医療機関や保健所の機能がパンクするリスクを包含する。濃厚接触者の待期期間などは短縮されたものの、現場を預かる自治体や与野党の一部からは社会経済活動との両立を目指すならば、新型コロナウイルスの感染法上の位置づけ自体を見直すことが欠かせないとの声が上がる。 現在、新型コロナウイルスは感染症法で「新型インフルエンザ等」に位置づけられ、結核や重症急性呼吸器症候群(SARS)と並ぶ「2類相当」にある。このため、入院勧告や就業制限など厳しい措置を取ることができるが、同時に行政や医療機関、保健所の負担は大きい。入院調整や濃厚接触者の調査、健康観察の実施を担う保健所の機能はパンクし、ひっ迫した病院では通常医療が制約され、企業や教育現場などは濃厚接触者を含めた対応に追われてきた。
重症化率が低い変異株「オミクロン株」の特性やワクチン接種の進捗を踏まえれば、入院できる医療機関や厳格な隔離などを緩和するため、感染症法上の位置づけを見直すことは選択肢の一つとなる。海外でも同様に見直す動きが出ているほか、自民党内では安倍晋三元首相らが議論すべきとの立場だ。 東京都の小池百合子知事も1月、「5類への変更も含めて科学的知見を集めてほしい」と国に要望している。 これまで岸田首相は感染症法上の位置づけ見直しに関し、国会答弁などで「今このタイミングで変更するのは現実的ではないと考えている」と否定的な見解を重ねて示してきた。昨年の「第5波」を上回るオミクロン株の猛威にさらされ、その最中での見直しは世論の逆風を受けることになりかねない。その上、首相官邸に届けられる専門家らのアドバイスにも慎重なものが多かったためだ。 ● 「どこかの時点で 見直さなければならないな…」 実は、岸田首相は昨秋の首相就任当初から感染症法上の見直しを選択肢に入れていた。しかし、昨年末からの感染拡大に伴い、「厚生労働省や専門家らの説明を聞けば聞くほど、その判断が揺れてきた」(自民党中堅議員)とされる。 ただ、首相は「一度決めた方針でも、より良い方法があるのであれば、ちゅうちょなく改め、柔軟に対応を進化させていく」とも語ってきている。そして、足下の感染状況が落ち着いた段階で見直し議論を進めることを決断したという。 「どこかの時点で見直さなければならないな…」。首相は側近や親しい議員らにこう漏らし、ワクチン接種の加速や経口治療薬の配備などをにらみながら、変更点やタイミングを検討している。今夏の参院選後に感染症法上の位置づけを見直したい考えだ。 季節性インフルエンザや麻しん(はしか)などと同じ「5類」に引き下げ、行政や保健所などの負担軽減を図ることも視野に入れる。 岸田首相は5月にもワクチン接種者を対象にスポーツ観戦やテーマパーク、コンサートなどのチケット代を割り引く「イベントワクワク割」事業を開始したい考えだ。イベント業界を支援するとともに、社会経済活動との両立を図る機運を醸成していくことに注力する。 ● 岸田首相が感染症法上の 見直しを目指すことにした理由 ではなぜ岸田首相は、一時は消極的だった感染症法上の見直しを目指すことにしたのか。その理由を全国紙政治部記者が解説する。 「政権発足から半年の各種世論調査を見ると、支持率は軒並み高水準だった。岸田氏は新型コロナ感染者が急増しても内閣支持率が下がらなかったことで自信を深めた。コロナ対策が批判され、支持率急落から退陣に追い込まれた菅義偉前首相とは違い、自分の方針は国民に支持されているとの自負がある。このタイミングで見直し議論を進め、社会経済活動との両立を図った宰相として菅前首相や安倍元首相との違いを刻みたいのだろう」 新型コロナ対策や公明党との選挙協力を巡る迷走、出遅れたウクライナ支援など課題も多い岸田政権。その本当の姿は、夏の参院選後に見ることができるようである。
小倉健一