算命学のなりたち

来月から本格的に算命学という自然思想の帝王学を学ぶ。 中国4,000年の歴史の中で、春秋戦国時代に秦の始皇帝が軍略としても活用していたと呼ばれる学問。 約500年以上続いた乱世の時代で、秦の始皇帝は算命学を活用し、たった6年で中華統一を果たした(漫画のキングダムの世界)。 個性心理学や四柱推命などの占いは全て算命学から派生したと言われている。

算命学のなりたち
陰陽中国最古の王とされる伏羲(ふくぎ紀元前3350年~紀元前3040年)がつくったといわれている。
これは、世のなかの事象がすべて、見える所だけでなく、陰と陽という対立した形で世界ができあがっていると考える。
要するに、世界というものは、明暗、火水、天地、表裏、上下、凸凹、男女、剛柔、善悪、吉凶などの一対から成り立っていると考え、たとえば人間の精神は天の気、つまり陽で、肉体は地の気、つまり陰だということになり、生はその精神と肉体との結合、死は両者の分離であると説く。
五行『五行説』というのは、夏の国の聖王、禹(夏王朝の始祖となる禹紀元前2070年頃の人)がつくったといわれ、禹の治世のときに洛水からはい上ってきた一ぴきの亀の甲羅に書かれた文様(洛書)から五という数を悟り、国を治めるのに五つの基本原理を思いついたというのである。
禹が定めた五行というのは、「水は土地を潤おし、穀物を養い、集まって川となって流れ、海に入って鹹(かん:しお)となる。火は上に燃えあがり、焦げて苦くなる。木は曲ったものも真直ぐなものもあり、その実は酸ぱい。金は形を変えて刀や鍬となり、味は辛い。土は種を実らせ、その実は甘い」(「水は潤下し、火は炎上し、木は曲直、金は従革し、土は稼穡(かしょく)す」)。
というもので、禹はこのように、『木火土金水』と五つの『味』、五行五味の調和を統治の基本とした。
この考えかたが、のちに斉国の陰陽家鄒衍(すうえん紀元前305年頃-紀元前240年頃))によって、五つの惑星と結びつけられ、さらにまた万物に当てはめられて、観念的な五行説として展開する。
十干陰陽五行説(中国の春秋戦国時代ごろに発生)が、自然界の万物は陰と陽の二気から生ずるとする陰陽思想と、万物は木・火・土・金・水の五行からなるとする五行思想を組み合わられた。
甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸と称され五行に引用をつけて意味づけられている。
また、甲ー己のような関係を干合というような形にも意味づけられている。
十二支戦国時代の中国天文学において天球の分割方法の一つであった十二辰は、天球を天の赤道帯に沿って東から西に十二等分したもので、この名称には十二支が当てられた。また、木星(歳星)が約12年で天球を西から東に一周することから、十二次という別の天球分割法における木星の位置が年の記述に利用されていたが、十二辰の方向と順序に対しては逆方向であるため、紀元前4世紀ごろ、十二辰の方向に合わせるべく木星とは一直径を境に逆回りに天球を巡る太歳という架空の星を考え、太歳の十二辰における位置で年を示す紀年法が使われるようになった。これが後漢以後に始まり現在まで使われている干支による紀年法の起源である。十二支は順序を表す記号であって動物とは関係がない。なぜ動物と組み合わせられたかについては、人々が暦を覚えやすくするために、身近な動物を割り当てたという説(後漢の王充『論衡』)やバビロニア天文学の十二宮の伝播といった説がある。
干支(かんし、えと)干支はすでに商(殷(いん、紀元前17世紀頃 – 紀元前1046年))代に現れており、殷墟出土の亀甲獣骨からたくさんの干支が日付をあらわすために用いられている。もともと干支は、60進法による紀日・番号・数字であった。月や年をあらわすために干支を用いるようになったのは、殷代よりも後世に属する。月に関しては、殷代までさかのぼる可能性もあるが、広く普及したのは、戦国時代以降である。 干支は、十干と十二支を組み合わせたものである。十干十二支(じっかんじゅうにし)、天干地支(てんかんちし)の略。10と12の最小公倍数は60なので、干支は60期で一周することになる。そのため六十干支(ろくじっかんし)ともいう。中国やアジアの漢字文化圏において、年・月・日・時や方位、角度、ことがらの順序をあらわすのにも用いられ、陰陽五行説とも結びついてさまざまな占いにも応用された。古くは十日十二辰、十母十二子とも呼称した。起源は商(殷)代の中国にさかのぼる。日・月・年のそれぞれに充てられ、60日(ほぼ2か月)、60か月(ほぼ太陰太陽暦5年)、60年などをあらわす。干は幹・肝と、支は枝・肢と同源であるという。ベトナム、北朝鮮、韓国、日本などに伝わった。殷代においては、干支はもっぱら紀日法として用いられ、年に関しては1より始まる順序数(自然数)を使用しており、月に関しても順序数を基本としていた。ただし、月名を十二支で表記することはあったとされる。
中国でも日本でも暦はしばしば改定されているが、干支による紀日は古代から連綿と続いており、古い記録の日付を確定する際の有力な手がかりになる。
算命学算命学は、陰陽五行による思想学と占術としての運命学の二つの理論と技術を持ち、運命学理論を占術が証明し、占術の技法を陰陽五行の思想学が支えることを土台として、膨大な理論と技術の上に成り立つものである。
その根底は老荘の道教が取り入れられ、無為自然を元となし、自然の摂理にそって、生きることを旨としている。その膨大な技法と思想は、十六の理論体系となり十六元法といわれ、この技法を使うと、先祖三代、子孫三代まで占うことができるとされる。算命学思想は「天」「地」「人」三才と陰陽の思想からなり、「人」の運命は、「役目と環境が一致するところにおいては、自然(古代においては神)がその人を必要とする存在となり、役目と環境が一致しないところにおいては、自然はその人を淘汰する。」という厳格な判断をする。 また、この思想によって、人の運命を予測することができるものとする。
算命学の発祥中国春秋戦国時代(紀元前770年から秦に統一までの紀元前221年)の鬼谷子に始まるとされている。 それは、それまであった陰陽五行思想および、運命予測の技術をまとめた人とされるからである。但し、鬼谷子は、歴史学上は想像上の人物とするのが多数説であり、その実在性を疑問視する向きもある。鬼谷子については
史記列伝の蘇秦列伝 第九の冒頭に「東へ行って斉の国に師匠を求め、鬼谷先生について学問を習った。」とあり、揣摩の術を完成した。とある。また、史記列伝の張儀列伝 第十の冒頭に「張儀というのは、魏の人である。その始め蘇秦といっしょに鬼谷先生の門人として学問したことがあった・・・」とある。蘇秦と張儀は、戦国時代の縦横家であり、張儀は秦の宰相となり、蘇秦は六国合従の宰相となった人である。蘇秦が完成したとされる揣摩の術は、人を意のままに操る神秘的術で、この揣摩の術が算命学の別名とされていたとする説もある
揣摩の術、算命学は、中国大陸を統一した秦の始皇帝が権力を握ると、秦王朝内部だけの秘伝とし、宮廷の外には一切出さないようになったこうして算命学は、王朝お抱えの占い師達によってのみ命脈を保たれる一子相伝の運命学となったのである。そして、国が亡んでも次の王朝に受け継がれていく運命をたどったのである

算命学

算命学と四柱推命の違い

算命学と四柱推命との違い

四柱推命は算命学の一部が流出し派生したもの

算命学と四柱推命との違いは技法と理論の量にあり、四柱推命は算命学の5分の1ほどの量です。その理由は、四柱推命や気学や九星術などは算命学の一部が流出してできたものだからです。

算命学は約2300年前に鬼谷子によって体系づけられた後、秦の始皇帝時代には王朝の秘伝でした。その後、王朝が変わっても算命学ができる人を時の王朝が独占したため、門外不出の秘伝だったのです。

しかし、王朝が変わるたびに算命学をわかる人物やその技法が少しずつ市中に流出し、四柱推命や気学が生まれたといわれています。

朱学院の生徒さんの中には四柱推命を勉強したことのある人は多く、勉強してみると算命学と四柱推命の技法や理論の量の違いは明らかだと話されています。

四柱推命で占えず、算命学では占えることが多い

では、四柱推命では占えないけれども、算命学で占えるものにはどんな内容があるでしょうか。

まず大きな違いが、四柱推命には「人体図」という概念がないことです。

人体図とは以下のような9マスの図で、このマスは人の心が「星」という姿で現れたものです。算命学では、算出された八つの星を人間の型である「人体図」に配置し読み解き、運命や宿命を解き明かします。

四柱推命では人体図がないため、「この星を持っているからこんな人です」というシンプルな見方になります。年代ごとの運勢の変化やさまざまな人間関係の相性を見ることもできません。

算命学での相性は、相手との相性を宿命と運勢それぞれの視点から判断します。関係性ごとに細かく見られることも特徴です。

例えば、人と人の相性は配偶者なのか友達なのか、目上か目下かによっても違ってきます。例えば、結婚の相性は悪くても友達としての相性ならいいということもあります。こんな夫婦の場合は、友達のような夫婦になればいいという解釈が可能です。

このように、相手とうまくいくためにどうすべきかを多面的に見られるのが算命学であり、総合的に占いたい場合は算命学がおすすめです。

四柱推命では生まれた時刻が必要だが、算命学では必要ない理由

四柱推命は占う際の情報として生まれた時刻が必要ですが、算命学では必要ありません。

算命学で生まれた時刻を使わないのは、時刻は自然のサイクルとは関わりがないものだからです。

具体的には、算命学で使用する生年月日は自然のサイクルに基づいています。地球が太陽の周りを1周するのが1年で、主に月が地球の周りを1周するのが1ヶ月、地球の自転が1日というサイクルです。

しかし、時刻は生活を便利にするために人間が作ったものであり、自然なサイクルではないのです。何百年も前の中国の人は自分が何時に生まれたかを知りません。それなのに占いに時刻を使うことには違和感があります。

時刻まで占った方が詳しく読み解ける気がするかもしれませんが、本来は必要のない生まれた時刻を入れることで、結果がずれてしまうことになりかねません。

また、算命学は生年月日で占うと聞くと、同じ日に生まれた双子は同じ運勢になるのかという疑問をもつかもしれません。

算命学では、双子の場合は陰陽の見方になります。具体的には、陰型・陽型を受け持つ人に分かれるのです。しかし、宿命でその差はわからないため、実際にどんな生き方をしているかで陰型・陽型どちらなのかを判断します。

例えば、双子の歌手ザ・ピーナッツは一人が結婚して子供が産まれ、一人は一生独身でした。このように対照的な生き方になることが多いです。

双子の場合は仲がいいと近しい生き方をすることが多く、仲が悪かった場合は生き方に大きな違いが出やすいと言われています。
算命学では多くの理論と技法と共に、総合的に占うことが可能です。奥の深い学問なのですぐに学べるものではありません。朱学院では奥の深い算命学を理論体系からお伝えしています。朱学院での学びに興味のある方は、まずは無料説明会にお越しください。無料説明会では、講師による20〜30分ほどの算命学の無料性格判断を受けることもできます。

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算命学と離婚

天中殺における「離婚」とは

算命学では、非常に悪い相性でなければ離婚は勧めない

算命学では原則として相性がよくても悪くても離婚は勧めません。仮に相性の悪い相手であっても縁があるから結婚し、果たすべき役目があるからです。

生年天中殺と生月天中殺」の記事で解説したように、親との縁が薄いからこそ運勢が伸びる子供もいます。親同士の相性が悪いこともある意味では役目と捉えることもできるわけです。そのため、算命学では相性の悪い相手だとしても、できる限り努力をして添い遂げることを基本としています。

しかし、たとえ夫婦仲がよくても相性が非常に悪く、一緒に暮らすことで早死にしたり、または片方の宿命がダメになるような場合は、離婚を勧めています。

相性が非常に悪い夫婦の例としては、テレビのコメンテーターなどで活躍していた三浦瑠璃さん夫婦です。結果として夫は逮捕されて起訴されてしまいました。夫の宿命がダメになったということです。この先、立ち直るのにも相当な困難が伴うでしょう。

相性は、2人の性格的・運勢的な相性を総合的に見ます。その結果、隔たりが大きすぎると相性が悪いと解釈しますが、相性が悪くても好きになってしまうことはあります。

例えるなら、南極に暮らすペンギンが熱帯雨林の動物に好意をもつようなものです。一緒に暮らすためにペンギンが赤道直下で暮らしたら早死にします。南極で暮らした方が長生きできます。

また、相性は悪くないけれども実際にうまくいっていない夫婦の場合、なにかしらの解決策が導き出せます。例えば、配偶者としての相性は悪いけど友達としての相性がいいなら、友達のように暮らすなどです。相性が悪ければあまり顔を合わせないように、なるべくすれ違いの生活を送ることが解決策になることもあります。

もともと家庭的な生活に向いていない人もいます。そんな人は、別居婚など家庭的ではない結婚生活をすればうまくいく可能性があります。

天中殺の離婚は、縁が切れるが運勢は下がる

天中殺で離婚すると、相手とはきっぱり縁が切れます。しかし、天中殺は受け身で過ごさないといけない期間であるため、自分が望んで離婚した場合は受け身の過ごし方ではなくなり、運勢は下がってしまいます。(ただし、その後の生き方によって運勢を回復させることは可能です)

天中殺で離婚した例としては、元卓球選手の福原愛さんです。夫との縁は切れたものの、訴訟にまで発展しているため、運勢は下がっているといえます。

すでに離婚している人については、離婚して再婚して幸せになる人もいれば、より不幸になる人もいます。

結婚に向いていない自己中心的な宿命を持つ人の例は、広末涼子さんです。14歳でデビューしてアイドルとして大人気になり、若くしてスターになりました。自己中心的な宿命を持つ人は若いときに苦労すると運勢がよくなるのですが、早く成功するとより自分勝手になってしまいます。こういった運勢の人と結婚すると、誰であろうと振り回されてしまいます。

配偶者との相性については、「算命学で読み解く、あなたに合う配偶者、結婚の相性とは?」の記事で詳しく説明していますので、気になる方は確認してみてください。

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算命学 異常干支

異常干支と異常性宿命

7つの異常干支とその理由

干支は10の干と12の支を組み合わせたもので、その組み合わせによって60通り存在します。例えば、甲子(きのえね)や乙丑(きのとうし)などです。

この干支のうち、以下の7種類が異常干支と呼ばれます。

甲午(こうぼくのうま)丁亥(ていかのいのしし)戊子(ぼどのねずみ)己亥(きどのいのしし)辛巳(しんきんのみ)壬午(じんすいのうま)癸巳(きすいのみ)

これらの干支はいずれも暗合をもち、さらに天干が天極星か天報星となるものです。天極星は人生のうち死人の時代、天報は胎児の時代を現しています。

死者の魂はこの世からあの世にいきなり行くことはできず、天極星という死人の時代を通らないといけないといわれています。仏教も同じ考え方に基づいていて、この中間の時期を四十九日としているのです。

四十九日とは、死者の魂が木星、火星、土星、金星、水星、太陽、月の7つの星を訪れるのを7回繰り返す期間を指します。魂がさまよっている間は納骨せず、魂が成仏してからお墓に埋葬するというしきたりです。

算命学の場合は中間の期間を四十九日と定めてはおらず、人によって長さが違うと考えます。

また、胎児があの世からこの世に生まれてくるときも、天報星という胎児の時代を通ります。胎児は生まれていないからこの世の人ではありませんが、母親のお腹にいるのであの世の人でもありません。

このように、天極星という死人の時代と天報星という胎児の時代は、12ある時代の中でも異常な時代と位置づけられています。

異常干支と異常性宿命

ご自身が異常干支をもっているかは、「無料宿命算出」で算出される陰占宿命の陰占宿命から確認してみましょう。例えば、以下の宿命の人は異常干支である「甲午」をもっています。人によっては、1つだけでなく2つ以上もっている方もいます。(7つの異常干支は異常性という点での違いはなく、特徴はそれぞれの干支がもっています)

特に、陰占宿命の一番右にある「日干支」に7つの異常干支をもつ人は、霊感を発揮しやすいと言われています。あの世とこの世の間に位置するので、そうした感覚を発揮しやすいのです。五感のいずれかを失っている場合、第六感を得やすいと言われています。

異常干支をもっているとよくないのかと気になる人がいるかもしれません。しかし、算命学でいう「異常」の定義はみんなと違うという意味であり、よくない宿命ということではありません。なお、算命学の「正常」は多数であるという意味です。

また、異常干支があるからと言って、変わった宿命をもっているとも言い切れません。

なぜなら、異常干支は以下の5つある異常性のひとつだからです。

干支異常(異常干支)位相異常中殺異常破格異常変化異常

こうした5つの異常性をもっている宿命のことを「異常性宿命」といいます。鑑定の際は、この5つの観点から宿命を見ていきます。異常性宿命を1つもっている人は多く、どんな人でも多少人とは違う部分をもっています。

ただし、異常性宿命を3つ以上もっているケースは珍しく、百数十人に1人くらいの割合で、異常性宿命を生かせている人はさらに少ないです。異常性宿命を多くもつ人は、結婚や仕事の面で異常性を発揮することが多いです。

無理をして世間と合わせると生きにくさを感じるので、なんらかの形で異常性を出すようになります。例えば、普通の生き方をしていても、ものすごく大量にピアスをつけていたりする。そんな形で異常性を消化していることもあります。

宿命性異常を多くもつ人の例

宿命性異常を多くもつ人物の例は、フランスのマクロン大統領とブリジット夫人です。この夫妻の場合は結婚が変わっています。

マクロン大統領が15歳のときに、学校の先生だった39歳のブリジット夫人に恋してしまいました。ブリジット夫人はすでに結婚していて子供もいました。一般的には結婚することがありえないような状況です。

また、宿命性異常を仕事の面で発揮しているのが、ヨットで太平洋を横断した堀江謙一さんです。堀江さんは日本を出発してヨットでサンフランシスコに到着しますが、実はパスポートもビザももっていませんでした。日本を不法出国し、アメリカにも不法入国の状態です。日本のマスコミは出発後から堀江さんを批判していました。しかし、到着したサンフランシスコ市長が堀江さんを大歓迎して名誉市民にすると、日本のマスコミも手のひら返しで英雄扱いをするようになりました。

もう一例は、旅行会社のHISの創業者である澤田秀雄さんです。創業当時、HISの業績が伸びた理由は格安航空券でした。当時、日本とアメリカの往復チケットを日本で買うよりも、アメリカで買う方が安いことに目をつけました。アメリカで日本とアメリカの往復チケットを購入し、それをばら売りすることで業績を伸ばしたのです。

ただ、その手法は当時の航空法に違反する行為で、HISは運輸省から再三注意を受けます。しかし、格安航空券が消費者から多くの支持を集めたため、航空法が改正されました。

このように、異常性宿命をもつ人は常識に捉われず、人がやらないことに挑戦すると成功しやすいです。